国内で養殖されているウナギのうち、半分以上が密漁や違法な流通を経ていると考えられています。密漁や違法な流通は、ルールに反しているだけでなく、資源管理を困難にします。さらに、流通に関するルールの多くは採捕者に不利なものであり、無報告を増大させています。行政や研究者とともに、漁獲や養殖、流通や調理、消費に関わる全ての人間が、この問題に対して正面から向き合う必要があります。
国産ウナギの半分以上が不適切な流通を経ている
日本国内で養殖されているニホンウナギには、国内で採捕されたシラスウナギを育てたものと、国外で採捕されたシラスウナギを輸入して育てたものがあります。国内で採捕されたシラスウナギについては、その半分程度、2015年漁期については6割以上が、密漁や無報告の漁獲と推定されます。密漁と無報告の漁獲は、どちらも法律に違反する行為です。
輸入されたシラスウナギについて見てみると、そのほとんどが香港から輸入されています。これらのシラスウナギは、税関を通ってはいるものの、中国や台湾などから密輸された可能性が高いと考えられています。
全体を見ると、国産の養殖場に入るシラスウナギのうち、少なくとも半分程度、多ければ7割程度が密漁、無報告漁獲、密輸などの違法行為を経ています。これら違法なシラスウナギと適法なシラスウナギは養殖場で混じり合い、養殖業者でも区別がつかなくなります。成長したウナギはそのまま通常の流通経路に乗り、蒲焼店やレストランで提供され、スーパーやネットを通じて販売、消費されます。
2015年シーズンに国内の養殖場で利用されたシラスウナギ
報告された池入れ量から輸入量を差し引くと、国内のシラスウナギ漁獲量15.3tが得られる。このうち適切に報告されたのは5.7tであり、9.6tは密漁や過小報告などの違法行為によって国内で漁獲されたシラスウナギ。輸入された3.0tは香港から輸出されているが、香港にはシラスウナギ漁業は存在せず、台湾や中国本土など原産地からの密輸が疑われている。
水産庁「ウナギをめぐる状況と対策について」をもとに作成。
違法な漁獲や流通の及ぼす悪影響
このような違法な漁獲や流通は、漁獲量と漁獲努力量の把握を困難にします。 漁獲量と漁獲努力量を把握することができなければ、ニホンウナギをどの程度漁獲しても良いのか、基準を設定することができません。また、違法な漁業や取引という行為が放置されている現状は、ウナギ業界に対する社会的な信頼を失墜させ、ニホンウナギの危機をいっそう深刻にすることも考えられます。
残念ながら水産庁は、「闇流通はシラス高騰につながるものの、資源管理とは別問題」(2016年10月12日に開催された自民党水産部会にて. みなと新聞より引用)と発言し、その後もこの立場を崩していません。これは、水産資源を扱う専門家から見ると、あまりにも常識に外れた見解です。シラスウナギの漁獲量と漁獲努力量が正確に把握されていないことは、明らかにニホンウナギの資源量の把握を困難にしており、このため適切な池入れ量も設定できないのが、現在の状況です。
国産ウナギを提供・販売するということ
日本国内でウナギが販売される時には、国産であることをアピールしているケースが多く見られます。しかし、国産ウナギを扱うことは、違法性の強く疑われる商品を扱うことです。直接シラスウナギを採捕する方々だけでなく、養殖業者、流通業者、蒲焼店やレストランなどのコンプライアンス(企業や組織における法令遵守)が問われることは必至です。コンプライアンスの問題は、私的な企業や組織に限られることではありません。「ふるさと納税」の返礼品など、国産ウナギの流通に行政が関わっている例が見られます。また、学校給食や大学生協の食堂での提供など、教育機関がウナギを提供している場合もあります。よりいっそうコンプライアンスに気を配るべき行政や教育機関においては、合法性を確認できる場合を除いて、国産のニホンウナギを扱うことは避けるべきです(*1)。
シラスウナギの密漁と違法取引は、最近始まったことではありません。数十年前より密漁と違法取引は横行しており、そのことは業界でも、行政でも、研究者の間でも、ごく当たり前のこととして知られていました。残念ながら、現在、適法であることを証明できる国産の養殖ウナギを入手することは不可能に近いことです。このため、今すぐ違法性が疑われる国産ウナギの取引から手を引くべきだ、とまでは言えません。しかし、現状を改め、正常化を進める努力をしていないとすれば、その組織や企業のコンプライアンスには、大きな問題があると言えます。次に国産ウナギを食べるとき、または購入するときに、販売者に対して、合法であることが確認されているのか、確認されていないとすれば、シラスウナギ採捕と流通の正常化に関してどのような努力をしているのか、尋ねてみてはいかがでしょうか。経営者の意識が見えてくるかと思います。
*1:残念ながら、国外で育てられたウナギなら違法行為が関わった可能性が低い、ということではありません。
漁業法の改正と水産流通適正化法
近年、日本ではシラスウナギをめぐる問題に関していくつもの進展がありました。2018年には漁業法が改正され、シラスウナギの密漁に対する罰則の上限が罰金3,000万円または懲役3年と大幅に引き上げられました(2023年まで猶予期間)。罰則の引き上げは、密漁の抑止力として効果を発揮することが期待されます。また、2019年には日本におけるシラスウナギの輸出規制が緩和されました。台湾が日本に倣って輸出規制を緩和すれば、日本と台湾の間で行われているシラスウナギの密輸が解消される可能性があります。さらに、2020年には水産流通適正化法が成立し、国内で採捕されたシラスウナギについては、一定量ごとに漁獲番号が与えられて流通することになりました(*2)。一定のトレーサビリティが期待されますが、輸入シラスウナギが対象とならないこと、養殖池に入った後はトレースの対象とはならないことから、その効果は限定的でしょう。様々な努力がなされていますが、根本的な解決には至っていない状況です。
*2:水産流通適正化法の施行は2023年12月1日を予定していますが、シラスウナギに関しては2025年12月1日まで猶予期間が与えられる見込みです。
「正規ルート」の抱える問題
密漁、無報告、密輸など規則に違反する行為が問題であることは当然ですが、シラスウナギの場合、ルールを守った「正規ルート」にも問題があります。シラスウナギが採捕される地域では、域外へのシラスウナギの販売を規制している県が多数見られます。このような県では、県内で採捕されたシラスウナギは県内の養殖業者に出荷することを定め、その価格は多くの場合県内養殖業者の入札で決まります。入札とはいえ全国的な競争が行われるわけではないので、「正規ルート」の価格は安く抑えられます。例えば静岡県では、『21年漁期の静岡県内の取引価格が1キロあたり平均53万円であったのに対し、全国平均は132万円だった。』(静岡新聞2021年7月13日)と報道されています。高知県では「うなぎ稚魚特別採捕取扱方針」第12条により、採捕従事者は最終的に県内の養殖業者へ供給されるように、シラスウナギを販売しなければなりません。そして、流通経路の要である高知県しらすうなぎ流通センターの定めた「高知県うなぎ稚魚受給要領」第10条によって、シラスウナギの買入れ価格は県内養殖業者が決定することになっています。
シラスウナギ採捕者から見ますと、定められたところに採捕したシラスウナギを売らなければならず、その値段は買い手が決めるルールになっているのです。養殖業者が安くシラスウナギを買えるように作られたルールにより、シラスウナギ採捕者が搾取されているとも解釈できます。苦労して採ったシラスウナギをなるべく高く売るために、規則に反して「裏ルート」に漁獲物を売る行為が後を立ちません。「裏ルート」に売られたシラスウナギは行政に報告されないため、無報告のシラスウナギが生じることになります。許可を取って採捕したシラスウナギが報告されずに「闇」に流れる要因の一つは、このような、シラスウナギ採捕者に圧倒的に不利なルールが存在することなのです(*3)。採捕者が苦労に見合うだけの収入を得られる、公正な仕組みを確立することが、無報告を減少させ、資源を適切に管理することにもつながります。
*3:採捕者が規則で定められた中間流通業者に販売しても、中間流通業者が「裏ルート」に横流しする場合もあります。
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